1. はじめに
三菱総研DCS テクノロジー企画部 佐藤洋平です。
近年、ブロックチェーンやNFT(Non-Fungible Token)が注目を集めておりweb3の動向からは目が離せません。NFTはアートや音楽、ゲームなど様々な分野での利用が増えてきましたが、まだ発展途上の技術であり、多くの人が新たな活用方法を模索しています。本記事をお読みのみなさんの中にも、私たちと同じように「NFTで何か新しいことができないか」と考えている方がいるのではないでしょうか? しかし現状のNFTは、デジタルアートの転売など投機的な利用が多いため、日常生活や職場での活用は難しいと感じているかもしれません。日本では、地方創生のような社会課題へのアプローチにNFTなどのweb3技術を用いる動きが出始めているものの、成功事例はまだ少ないのが現状です。
私たちのチームでは、非投機的なNFTの活用方法を模索してきました。本記事では、私たちが実施した「NFTでコミュニケーションを活性化させる取り組み」を紹介します。この取り組みでは、相手に感謝や称賛を伝えるためのデジタルバッジをNFTとして作成し、日常のコミュニケーションの中でバッジを贈りあう試みをしました。2週間の検証では、参加者の50%がコミュニケーションの頻度増加、57%がコミュニケーションの質の向上を実感する結果となりました。
本記事をお読みいただくことで、活用事例を知ってもらうだけでなく、活用アイデア創出のヒントを得ていただけることを目指します。そこでまずは、活動のきっかけとなったコンセプトを説明し、取り組みに至った過程や有効性検証の結果について解説していきます。本記事はITエンジニアではない方にもご理解いただけるように、技術的な説明は最小限にしておりますので気軽にお読みください。
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目次
- はじめに
- NFTとは?
- NFTの活用コンセプト
- NFT×コミュニケーションで解決したい課題:コミュニケーション活性化
- 類似領域の先行事例
- 先行事例から得た活用アイデア:感謝称賛NFT
- 感謝称賛NFTの有効性検証
- 検証結果
- 考察
- おわりに
- 普段は自然な会話やチャットの中に埋もれますが、それが外だしされることで、やりがい等々につながりそうだな、という感覚はありました。
- 普段も言葉で感謝称賛は伝えているが、 その気持ちをバッジという形として伝えられるというのは、より一層感謝の気持ちを表している感じがしていいと思った。
- 普段の感謝とは違う特別感が生まれた。
- 検証期間中は特に気持ちは変わりませんでしたが、もし長く運用していった場合は所持バッジ数の推移などを見ながらモチベーションに影響する可能性もあるかなと感じました。
- (バッジのやり取りが習慣付かず)自身がいくつバッジをもらっているかを検証期間中に確認していませんでした。
- 普段から感謝の言葉を掛けるようには意識していますが、 より意識するようになったと感じました。
- 何か1つのアクションを起こした際に、周りの方もその行動を見て感謝称賛バッジを贈ってくださる機会があり、普段より伝えられる機会が多くなったと感じた。
- バッジを贈るという行為があまり定着することができず、普段と変わらなかったと感じています。
- 普段口頭やチャットで伝えていたことの代用として利用していたため、機会が増えた感覚はないです。
- コミュニケーションの質と頻度がともに向上する傾向がみられた
- 感謝称賛の伝え漏れを防止する効果があった
- 不足しているコミュニケーションのバッジを導入することで活性化に繋がる可能性がある
- 導入効果を高めるには習慣作りが必要
- NFTのUX上のデメリットには対策が求められる
- バッジの特別感が受け取った時の嬉しさを増大させた
- 感謝称賛が、会話やチャットに埋もれず形として残り続けることがやりがいに繋がった
- バッジを贈るという新たな習慣を意識したことで機会が増えた
- 普段利用しているチャットツールから気軽に贈れるようにする
- バッジをたくさん贈るとレアなバッジが入手できるなど贈る側のメリットを作る
- バッジ保有数のランキングを提示する
- 手数料や処理速度などを考慮して適切なブロックチェーンを選択する
- 従来のアプリケーション開発技術と組み合わせてデメリットを感じさせない工夫をする
2. NFTとは?
NFT(Non-Fungible Token)とは、デジタルデータの唯一性を証明するブロックチェーン技術の一つです。一般的なデジタルデータでは、オリジナルとコピーは同一のもので見分けがつきません。NFTにすることでオリジナルに固有の番号が付与され、オリジナルとコピーが区別できるようになります。この唯一性により、アートや音楽、ゲームアイテムなどのデジタルデータが限定的な資産となり、市場価値が生まれます。
また、一度ブロックチェーンに記録されたデータは改ざんができないため、その特性を活かして身分証明や学位証明といった「情報を証明」する用途でも使われます。
3. NFTの活用コンセプト
メインコンセプト:NFT×コミュニケーション
NFTは、経歴や実績といった「情報を証明」することを可能にしました。
それであれば、人と人との「コミュニケーション」という、通常であれば流れて埋もれていってしまう「情報」もNFTで残し続けることができるのではないでしょうか?
この発想が、今回の取り組みの出発点です。職場でのコミュニケーションには、メンバーへの挨拶や雑談、打合せ、ホウレンソウなど多くの要素があります。このようなコミュニケーションに対し、NFTの適用を考えていきます。
サブコンセプト:譲渡、転売ができないNFT(SBT)
NFTには、譲渡、転売が可能なものと不可能なものがありますが、今回は譲渡不可能なNFTが有効性を発揮する活用方法を模索します。
譲渡可能な特性を持つNFTは、アートやゲームなどの領域に応用されています。しかし、資産価値を有するNFTの組織への導入は、転売への対処や法規制への対応が求められるケースがあり、ハードルが高いです。
それに対し、譲渡不可能なNFTは「SBT(Soul bound token)」とも呼ばれ、一度持ち主に紐づけられると他の人に譲渡、転売することができません。この特性から、身分証、経歴書など、主に非投機的な目的で活用されています。金銭的な資産価値を持たないため、組織への導入のハードルも低くなります。
4. NFT×コミュニケーションで解決したい課題:コミュニケーション活性化
チームによってコミュニケーションの悩みは様々だと思いますが、「メンバー同士の関係性を良くしたい」というのは、みなさん共通の課題ではないでしょうか。
私たちの例を挙げると、コロナ禍でリモートワークが増えたことで、気軽な雑談や相談の機会が減り、メンバー同士の関係性が希薄化してしまった経験があります。それにより、仕事の生産性の低下やモチベーションの減少を引き起こしてしまいました。
このような問題を未然に防ぐために、「NFTでコミュニケーションを活性化させてチームの関係性を強化する」ことを目指します。
コミュニケーションの活性化の定義
では、チームの関係性を強化するために、どのようなコミュニケーションを活性化させるべきでしょうか。
社員と会社の関係性を強化するために、高い成果を出した社員を表彰する制度を導入している企業があります。このような、感謝や称賛による報酬は感情報酬とも言われており、社員の働きがいやモチベーションを高め、会社への帰属意識を醸成する効果があります。この事例を参考にし、感謝や称賛といった「ポジティブなコミュニケーション」の活性化を試みることとします。
活性化の度合いを評価するために、チームのポジティブなコミュニケーションを頻度と質の2軸に整理します。頻度は、感謝や称賛が発生した回数です。質は、贈られた感謝称賛をどの程度感じたかの度合いで、言い換えると「感謝称賛されて嬉しかったかどうか」です。グラフに整理すると以下図のとおりで、ポジティブなコミュニケーションが少なく質が低いチームは関係性が弱く、多くて質が高いチームは関係性が強いと定義します。
5. 類似領域の先行事例
具体的な解決案を考えるにあたり、類似領域の事例を調査しました。特に参考にした事例を紹介します。
デジタルバッジによる感情報酬:GitHub Achievements
GitHubとはソフトウェアのソースコードを管理するためのプラットフォームで、特にOSS(オープンソースソフトウェア)の管理に用いられています。OSSとは無償で公開しているソースコードのことで、有志の人たちが協力しあって開発、維持管理しています。ルールを守ればどんな人でも活動に参加することができます。
GitHubではOSSの開発者を支援するため、貢献に応じてデジタルバッジが付与される仕組みを導入しています。デジタルバッジが付与されると、それが自身のプロフィール画面に表示されます。概要はGitHubのブログをご参照ください。
貢献の対価としてデジタルバッジが付与されることで、やりがいや嬉しさといった感情が強くなり、OSSへ貢献するモチベーションが高くなることが期待されます。
譲渡不能性を活かしたイベントの参加証明:POAP(Proof of Attendance Protocol)
NFTの利用方法の一つに、イベントやセミナーで参加者限定のNFTを配布するという方法があります。この種のNFTはPOAP(Proof of Attendance Protocol)とも呼ばれており、POAPを所有していることが、イベントに参加したことの証明となります(※)。イベントを開催する側は、POAPを配布することで集客を増やす狙いがあります。 POAPは実際にイベントに参加しないと入手できないため、その限定感がPOAPの収集の楽しさや、所有することのステータスを増加させる要因となり、結果的にイベントへの参加意欲を高めることが期待されます。
※. 厳密には、POAPは譲渡ができてしまうものもありますが、本記事でのPOAPは譲渡ができないものを指します。譲渡ができるPOAPは、イベント参加以外の入手経路があることになり、参加証明書という目的においては機能が不十分なためです。
6. 先行事例から得た活用アイデア:感謝称賛NFT
これらの事例を参考に、「ポジティブなコミュニケーションの活性化」に繋がるアイデアを考えていきました。
まず、「GitHub Achievements」の事例から、貢献の報酬にデジタルバッジを受け取ることが、うれしさややりがいに繋がることがわかりました。この考えを私たちのテーマに取り入れ、感謝や称賛といったポジティブなメッセージをデジタルバッジで贈るようにすれば、普段よりも深い感謝や称賛を伝えることができそうです。つまり、ポジティブなコミュニケーションの「質」 の向上が見込めそうです。
次に、「POAP」の事例のように、デジタルバッジを譲渡不可能にして感謝称賛の証とすることで、バッジに限定感が生まれ、バッジ欲しさに行動量が増加するかもしれません。つまり、ポジティブなコミュニケーションの「頻度」の向上が期待できそうです。
このような考察を経て、私たちは「感謝称賛NFT」というデジタルバッジを作成しました。
感謝称賛NFT
「感謝称賛NFT」は、感謝や称賛に値する行動をしたメンバーに贈られるデジタルバッジです。使い方はシンプルで、日々のコミュニケーションの中で相手に感謝称賛を伝える際に、このデジタルバッジを贈ります。
今回私たちが用意したバッジは、感謝NFTとして「助けてくれてありがとうバッジ」、「教えてくれてありがとうバッジ」、称賛NFTとして「ナイスプレイバッジ」、「ナイスチャレンジバッジ」の4種類です。他のバッジのアイデアもありましたが、素早く検証するために使用頻度が高そうなバッジのみを用意しました。
感謝称賛NFTの利用イメージ
感謝称賛NFTを贈りあうために、簡易なプロトタイプアプリケーションを開発しました。
使い方のイメージは以下の図のとおりで、バッジを贈りたい相手とバッジの種類を選んで送信すると、相手のバッジコレクションにバッジが追加されます。
開発チーム内での試行運用
まずは、開発に関わった6名のチーム内で試行運用をしてみました。その結果、当初の期待通り、バッジを贈ることで普段以上に感謝や称賛を深く伝えられるようになったと感じました。以下は、私が「ナイスプレイバッジ」をメンバーに贈った際のチャットのやり取りです。単に言葉で伝えるだけよりも、バッジを通して感謝の気持ちがしっかりと伝わり、非常に喜んでくれたことが印象的でした。
効果が見込まれたため、次はチーム外に範囲を広げて有効性を検証していきます。
7. 感謝称賛NFTの有効性検証
感謝称賛NFTは、コミュニケーションの活性化、つまりポジティブなコミュニケーションの頻度と質の向上を目指すものとしました。この検証では、感謝称賛NFTの導入により、それらの効果を得られるかを確かめます。
検証は、開発チーム以外の社員14名に協力していただきます。検証の参加者には2週間の間、感謝称賛NFTを日常業務の中で贈りあってもらいます。
検証の概要は以下のとおりです。
8. 検証結果
2週間の検証期間中、合計38個の感謝称賛NFTがやり取りされました。検証後のアンケート結果を見ていきましょう。
前向きな気持ちになった人は全体の57%
「感謝称賛を言葉に加えてバッジで伝えられることで、より前向きな気持ち(嬉しさ/楽しさ/自信など)になりましたか?」という「質」に関する質問に対し、「前向きな気持ちになった」と回答した人は全体の57%でした。
前向きな気持ちになったと回答した人たちからは、以下の理由が挙げられました。
一方で、変わらなかったと回答した人たちからは、以下の理由が挙げられました。
機会が増えた人は全体の50%
「検証期間中、感謝称賛を伝えられる機会が普段よりも増えたと感じましたか?」という「頻度」に関する質問に対し、「増えた」と回答した人は全体の50%でした。
機会が増えたと回答した人たちからは、以下の理由が挙げられました。
一方で、変わらなかったと回答した人たちからは、以下の理由が挙げられました。
NFTに付加価値を感じた人は全体の42.9%
「デジタルバッジが譲渡不可能なNFTであることにどのような付加価値を感じましたか? 該当するものを複数選択してください。」という質問に対し、付加価値を感じた人は全体の42.9%でした。
利用者が感じた付加価値は、「所有する楽しさがあること」と「集める楽しさがあること」が4票と多く、「データが永続的に残り続けること」と「プラットフォームに依存していないこと」は1票でした。
9. 考察
検証結果に対する私たちの考察は以下の5点です。
コミュニケーションの質と頻度がともに向上する傾向がみられた
質が向上した人は57%、頻度が向上した人は50%であったことから、チーム全体としてポジティブなコミュニケーションが活性化した傾向がみられました。 主な要因は、
ということが考えられます。
感謝称賛の伝え漏れを防止する効果があった
検証期間中に、「その場で感謝を伝え損ねても、後でバッジを贈ることが口実となり感謝の伝え漏れが減った」という事例がありました。このような、本来は発生していなかったコミュニケーションが生まれたことは、頻度の向上に寄与していると言えます。
不足しているコミュニケーションのバッジを導入することで活性化に繋がる可能性がある
協力者への個別インタビューで、「ナイスプレイバッジは先輩に贈ると生意気に思われそうで贈れなかった」と回答する人がいました。ナイスプレイバッジの実績を見ると、上司の立場の方はこれらのバッジの保有数が少ない傾向が見られました。つまり私たちの組織では、部下から上司への称賛のコミュニケーションが不足していると言えます。
このことから、先輩へ贈りやすいバッジ、たとえば「さすがですねバッジ」などを用意することで、後輩から先輩への称賛のコミュニケーションを促せる可能性があります。またこのように、バッジの実績からチームのコミュニケーション状態を分析し、必要なバッジを導入することでコミュニケーションの改善に繋げられます。
導入効果を高めるには習慣作りが必要
「感謝称賛の証としてバッジを贈る」という行為が定着せず、効果を実感できない人も一定数いました。活用効果を高めるためには、習慣作りの施策が必要です。
たとえば、
などが考えられます。
NFTのUX上のデメリットには対策が求められる
アンケート結果ではNFTに付加価値を感じた人が4割程度いましたが、NFT化することでUX(ユーザ体験)が犠牲になるという側面があります。 たとえば、NFTのデータはブロックチェーン上の分散されたノードに書き込まれるという技術的な特性があるため、書き込みが反映されるまで時間がかかります。従来のアプリケーションでは即時の応答が当たり前であったことに対し、NFTの送付は完了まで数分かかることがあります。 さらに、ガス代と呼ばれる取引手数料が発生することも考慮しなければいけません。
NFTを多くの人に使ってもらうためには、
といった対策の検討が必要です。
10. おわりに
本記事では、NFTの活用方法を模索している方に向け、NFTでコミュニケーションを活性化させる取り組みを紹介しました。「感謝称賛NFT」を作成し、一部の社員で試行運用した結果、ポジティブなコミュニケーションの頻度と質が向上する傾向が見られました。チーム内の感謝や称賛が増えてチームの関係性がよくなると、将来的に組織エンゲージメントの向上に繋がる可能性があります。
今後の課題として、本検証の期間は2週間と短かったため、長期間の検証が必要な点が挙げられます。また社内の少人数での検証であったため、偏った結果となっている可能性があります。できれば、さらに多くの方たちにご協力いただき追加実験ができると望ましいです。もしご興味ある方がいらっしゃいましたら、お声掛けいただけると嬉しい限りです。
NFTをはじめweb3は投機目的の利用が多い中で、山古志DAOの地方活性化のように社会課題解決を目指す動きが生まれ始めています。このような志を持つ方たちと同じように、私たちも日本のweb3の発展に尽力していきます。
最後までお読みいただきありがとうございました!