はじめに
三菱総研DCSのインフラエンジニアの中川です。
当社では障がい者雇用の一環として「わーくはぴねす農園 柏ファーム」で社員が農業を行っています。そこで働く人が健常者だけではないこと、大規模なビニールハウスの一角で農業を行うことに起因する健康管理の課題や現場管理者(農場長と呼ばれています)の農業経験不足に対して、IoT[1]を活用することで解決策を提供した事例を全4回でご紹介したいと思います。
各回のテーマは以下のとおりです。Part1では本取り組みの概要、Part2ではサービス化を実現するための基盤「IoTプラットフォーム」について説明し、Part3,4で課題解決した内容を紹介します。
Part1. 取り組みの概要
Part2. 構築したIoTプラットフォームについて
Part3. 熱中症リスクをアラートする
Part4. 土壌水分量を可視化する
[1] Internet of Things: 様々な「モノ(物)」がインターネットに接続され、情報交換することにより相互に制御する仕組み(出典元:Wikipedia)
背景
柏ファームはビニールハウスなので、夏場になると熱中症の人が出てもおかしくないくらい厳しい暑さの中で作業をしています。障がいを抱える従業員は健常者よりも、体調の自己管理や体調不良を申告することが困難です。そして現場を管理する農場長は農業のプロフェッショナルではなく、数年前まで私たちと一緒にSEをやっていた方です。本社から遠く離れた目の届きにくい場所で、こうした厳しい環境のなか働くことによる負荷は大きく、体調管理や農場長の現場管理に課題があるのではないか考えました。
目的
私たちはシステム・インテグレーターなので、前述のような問題をITを使って解決し現場で働く人たちの働きやすさに貢献することを活動のゴールと位置付けました。 一般的にITといっても幅広い分野がありますが、昨今注目されているIoTはあらゆる場所にセンサーなど情報を生成するデバイスを設置したり、ウェアラブルのように身に着けたりして必要なデータをリアルタイムに収集・分析することができます。今回はこのIoTを使用し、農場長や従業員が抱える様々な問題を解決できるのではないかと考えました。
制約
短期で企画~制作~サービスインまで行わなければならない
本活動は検証プロジェクトであり、約5か月間という短期間で成果を出す必要がありました。そのためには、最も価値があり短期間で提供可能な解決策を絞り込む必要がありました。後述しますが短期間で開発するための工夫も取り入れていきました。ランニングコストを安く抑えなければならない
この活動は単なる検証プロジェクトではなく、設置したセンサー、吸い上げた情報を可視化する仕組みなどは今後も活用し続けてもらえることを目指しました。また、収集したデータはAIを取り入れたデータ分析など2次活用する目的がありました。長期で環境を利用するためには経費を削減する必要があり、ランニングコストを低く抑えなければなりませんでした。
解決する課題
現場が抱えている問題を確認・整理するために、現地を訪問して農場長へのインタビューや現場観察を行いました。その結果、柏ファームが以下のような課題を持っていることがわかりました。
- 熱中症リスクがあるときの作業中断の基準が定量化されておらず、農場長が判断しなければならない
- 農場長が一人ひとりのメンバーのコンディションまで把握することは難しい
- 適切な水やりの量の管理が難しい
- 野菜の収穫時期が予測できない
全ての解決策を提供するには時間が足りないので、優先度の高い1と3の2つに絞って解決策を検討することにしました。
1.熱中症リスクがあるときの作業中断の基準が定量化されておらず、農場長が判断しなければならない
熱中症リスクを低減するため、閾値としている温度を目安に作業を中断するルールができていましたが、これまでは温度計が閾値としている温度を超えたことを目視確認したうえで最終的には農場長の体感で作業中断を判断していました。この場合、農場長が基準温度を超えたことを目視確認するというトリガーが必要ですし、農場長の体調によって判断のタイミングが変わる場合もありそうです。解決策として、ハウス内に設置した温湿度センサから収集したデータをもとにWBGT[2]という暑さ指数を計算し、この値が設定した基準値を超えた場合に農場長へ通知する案を考えました。WBGTは気温以外にも湿度などの他要素も考慮し熱中症リスクを定量化した指標です。これにより農場長自身が忙しくて目視確認できなくても危険な状態になると通知されるようになり、体感という曖昧だった判断基準も明確になります。
[2] Wet Bulb Globe Temperature:熱中症を予防することを目的として1954年にアメリカで提案された指標(出典元:環境省)
3.適切な水やりの量の管理が難しい
適切な水やりの量は季節や野菜の量によって変動します。多すぎると根腐れしてしまい、逆に少なすぎても枯れてしまいます。しかし農場長は農業経験が少ないため、どれくらいの水をあげればよいかわからないという問題がありました。解決策として土壌水分量センサーを設置してデータを収集し、そのデータをリアルタイムで可視化することで、水の消費状況をつかめるようにする案を考えました。これにより目には見えない土の中がどれくらい潤っているのかが分かるようになり、適切な水やりスケジュールを判断できるようになります。
解決するために考慮した点
半屋外への設置
工場やビルなど建物の中であればLANやWiFiなども既存のものを使うことができますが、ビニールハウスはほぼ屋外です。そのため、IoTのデバイスを設置する場合、デバイスに取り付けたセンサーが生成したデータをサーバーへ渡すネットワーク環境について考えなければなりません。そこでネットワークにかかる通信コストや消費電力を考慮しLPWA[3]を採用することにしました。LPWAは通信速度が遅いのですが消費電力が少なく広域通信が可能なので屋外でIoTを行うのに適した通信手段です。
[3] Low Power Wide Area:日本ではアンライセンス系としてLoRaWAN、Sigfoxが有名。
運用負荷の少ない仕組み
続いてセンサーを取り付けるデバイスの選択ですが、現場の人の運用負荷を少なくすることと、電力消費が少ないことを考えマイコン[4]を選びました。マイコンの中でもRaspberry PiのようなOS搭載のコンピュータでは停止させる際に手続きが必要になったりするため、もしもの際に現場にかける運用負荷が大きくなってしまいます。 そのため、電源をOFF/ONするだけで書き込んだプログラムを実行してくれるシンプルなArduino[5]を採用しました。
[4] マイクロコンピュータ:CPUとしてマイクロプロセッサを使用したコンピュータ(出典元:Wikipedia)
[5] Arduino:簡易なハードウェアとソフトウェアを基盤としたオープンソースの電子機器プラットフォーム(出典元:Arduino公式)
農業特有の環境
農業環境における一番の難点はデバイスに水がかかってしまうことです。そのため、防水加工を施す必要がありました。どのように工夫したかについて続編で紹介します。
短期間という制約
短期間のプロジェクトですので、短いサイクルで開発・実装、リリース、改善/機能追加を繰り返すことにしました。Grove Systemを使えばはんだ付けせずにセンサーモジュールを取り付けることができるので電子工作に掛かる時間を短縮できます。また、AWSやIBM Cloudといったパブリッククラウドを活用すればサーバ構築の手間を省くことができ、必要なサービスを素早く使用することが可能になります。こういった時短の工夫をしながら、短期間で可能な限り価値の高いサービスをリリースすることを目指しました。
まとめ
本編ではIoT化の取り組みに関して背景・目的から全体的なお話をしました。次回はデバイスやパブリッククラウドに何の製品を使用し、どう組み合わせてデータ収集・分析・可視化を実現したのか、というIoTプラットフォームについて説明します。