IBM THINK 2024 in Bostonレポート

はじめに

金融開発第3部の須藤です。

2024年5月に開催された「IBM Think 2024 in Boston」に、当社社長の亀田および私を含む若手社員4名で参加してきました。この記事を通じて、イベントの内容や感じたことを皆さまにお伝えしたいと思います。

IBM Think 2024 in Boston」は、IBMInternational Business Machines Corporation)が主催する年次イベントおよびカンファレンスです。最新のテクノロジー・製品・サービス・ソリューションに関する発表やデモが行われます。IBMの専門家や業界リーダーが講演し、ビジネスと技術の未来についてディスカッションする場となっています。また毎日夕方にはレセプションという立食パーティが開かれ、世界各国の方々との交流が楽しめます。

今年は世界から5000名以上、日本からも150名以上が招待され参加したそうです。

私は、社内の量子コンピュータに関する研究開発チームの活動中に今回の話を聞き、立候補してこのTHINKというイベントに参加しました。

目次

  1. 概要
  2. イベント内容
  3. 感想/まとめ
 

概要

  • 日程:2024年5月19日~2024年5月23日
  • 会場:Boston Convention & Exhibition Center(マサチューセッツ州ボストン)

会場の外の様子

↑会場の外の様子

会場の中の様子

↑会場の中の様子

イベント内容

1) IBMの最新技術、サービス

    ① IBM 基盤モデル(Granite)のオープンソース化

    Graniteは、IBMが開発した大規模言語モデルで、信頼性の高いエンタープライズデータでトレーニングされていることが特徴です。Apacheライセンスの下でオープンソース化され、自由に利用・拡張可能な状態になっています。
    すでに日本語に対応しており、THINKではサウジアラビアのデジタルケア機関(SADIA)と提携してアラビア語への対応も発表されました。

    Granite/Granite Codeは、他の有名な大規模言語モデルと同等かそれ以上の性能を持ちます。さらに、基盤モデル拡張のためのIBM Research技術InstructLabもオープンソース化され、モデル学習の民主化が進められています。

    自然言語生成AIは「事前学習」と「アプリケーションや価値観に寄り添った学習」の二段階に分かれます。前者の学習データはインターネットから取得され、後者は人手で作成された「質問と回答のペア」や「回答の評価」が使用されます。特に後者では、説明責任を果たすためのデータの証跡が必要で、データ作成のコストも高くなります。InstructLabは、この後半の学習を効率的に行う仕組みです。これにより、専門性の高いモデル開発が加速します。

    IBMは、AI戦略をオープン化の軸に、Adobe、AWS、Meta、Microsoft、Salesforce、SAPとの連携を強化し、ソリューションの提供に取り組んでいます。例えば、AWSとはAmazon SageMakerとwatsonx.governanceを統合してリスク管理とコンプライアンスを簡素化し、安全なジェネレーティブAIソリューションの構築が可能になります。この統合により、IBM watsonx.aiとwatsonx.dataに加え、全てのwatsonxプラットフォームがAWS Marketplaceで利用可能になりました。

    また、モデルのオープンソース化だけでなく、AIアライアンスでOpenなAIの実現を世界規模で推進しています。

メイン講演の様子

↑メイン講演の様子

    ② IBM Concert による IT 運用管理の自動化

    IBM Concertは、複雑なシステム管理の解決策として、アプリケーション管理、リソース管理、ネットワーク管理、インフラとアプリケーションの360度管理を実現する統合ソリューションです。IBMの調査によると、82%の経営者がシステムの複雑性がイノベーションを妨げていると感じ、55%の経営者がIT投資を正確に把握できていないと答えています。また、2028年までに10億のアプリケーションが生成AIによって開発されると予測されています。

    例えば、IBM Concertでは、関連する全ての依存関係を理解し、脆弱性を管理することが可能になり、watsonxを活用してユーザーはチャットを通じてインサイトを簡単に得ることができます。「どの脆弱性を優先すべきか」と尋ねると、AIが分析結果を提示し、迅速な意思決定をサポートします。

    インフラ管理に関しては、HashiCorp(Terraformが代表的なサービス)の買収により、IT環境の管理・運用・可視化のソリューションを全方位で提供することになります。

    ③ watsonx Assistants による生産性向上

    業務プロセスの変革と生産性向上のため、AIを試行する段階から活用の拡大に移行する中で、IBMのAssistantsファミリーが効果的です。

    watsonx Orchestrateは、選択したLLMに基づき、自然言語によってタスク(レポートの作成や採用候補者のソーシングなど様々な業務)の自動化が可能です。会話型検索(RAG)も容易に構築可能で、ユーザーが持ち込んだデータによって信頼性の高い回答が得られます。

    watsonx Code Assistant for Enterprise Java Applicationsでは、生成AIを用いてアプリケーションのモダナイゼーションを加速させ、Javaバージョンのアップグレードを支援します。Javaアップグレードのためのルールベースのレシピ・セットの提供や、Java用にファインチューニングされたGranite CodeモデルによってAIアシスト・レシピが提供されます。これにより、Javaプログラムに対するテストコード生成や新旧のコード(COBOLとJava)比較、隠れたバグや不具合の検出が可能になります。

    ④ watsonx(生成 AI)活用事例について

    IBMと提携し、生成AIを活用して生産性向上と知識管理を進めた、日本大手製造業事例の紹介がありました。エンジニアの専門知識をAIシステムに蓄積し、若手エンジニアが効率的に学べるよう支援しています。複雑な技術文書を解析するために、複数のAIモデル(Granite、Llama)を連携させることで、作業効率が向上し、専門知識の共有が進んだそうです。

    米大手製薬会社での事例紹介は、生成AIを活用して顧客サポートや開発者の生産性向上でした。具体的には、自社データに基づいたチャットボットを作成し、顧客対応の効率化を実現するものです。また、開発プロセス全体でAIを活用し、コード生成、テストケース生成、コード説明などで生産性を向上させています。さらに、AIを使ってリリース前の影響範囲を予測し、問題が発生した場合のリスクを評価しています。

    IBMの最新技術・サービスまとめ

    今回のIBM THINK 2024で生成AIという技術が試行段階からビジネス全体への浸透段階にシフトしてきているように感じました。

    実際にIBMが開発・提供しているwatasonxはすでに発表から1年が経過しており、世界各国で様々な企業とのプロジェクトで経験と実績を積み重ねてきていることを強調していました。

    またビジネスにおいて生成AIの活用インパクトを拡大させるためにIBMはオープンさと信頼性の高さを重要視しているとアピールしていました。その中でもIBM Graniteモデルをオープンソース化させたこと、ビッグテックであるAmazon、Microsoftなどと協業してIBMの製品をAWSやAzureで使えるようにしていくということは、IBMのAI戦略において1つの転換点となるように感じます。
    (アメリカではすでにAWS上からIBM製品が使えるようで、今後日本でも使えるようになるそう)

パートナー企業をゲストとして招いた講演

↑パートナー企業をゲストとして招いた講演

2)IBMの量子コンピュータと暗号化

量子コンピュータにはまだ改善点がいくつも存在しますが、秘めている可能性は十分なものです。1980年代から広く使われているRSA暗号は、大きな素因数分解を計算するのには膨大な時間を要するという事実で安全性を担保しています。具体的には現在暗号鍵長の基準となっている2048-bitの複合整数を古典コンピュータで計算するには数百万年かかるといわれています。これは事実上計算不可能と言い切れるため、暗号が十分に安全であるという理論が成り立っています。

しかし量子コンピュータの発展により量子アルゴリズムが問題なく使えるようになると、この計算は8時間程度で完了すると予想されています。そのため量子コンピュータの発展は暗号技術の崩壊を招くことになりかねないのです。

IBMはクリプトアジリティという組織やシステムが暗号化の崩壊に対して、素早く新たな暗号化に更新していくことができる能力を重要視しています。ポスト量子時代に向けてIBM Quantum Safe Roadmapという耐量⼦ソリューションの導⼊計画を公開するとともに、将来起こりうる攻撃から重要なデータを保護するための包括的な移⾏を簡略化し実現するための技術ポートフォリオを発表しました。

IBMは自社の量子コンピュータ、「IBM Quantum」に関して10年後の2033年までの開発ロードマップを公開しています。そのロードマップでは、「IBM Quantum」はまだ完璧なハードウェアであるとは言えず、計算中に発生する量子エラーを解消することが今後の課題として挙げられていました。    
一方で量子コンピュータの”完成”がまだ先の話であっても、量子暗号化という分野は十分注視するに値すると感じました。実際今回のイベントで行われていた量子コンピュータの講演はもっぱら量子暗号化に関してのものばかりでした。量子コンピュータは機会学習や金融といった様々な場面で応用させることができると期待されています。しかしそれらの分野での実現性があまり高くない今、来たるポスト量子時代への準備期間として一番学んでおくべきことは、量子アルゴリズムに基づく暗号化への更新に向けてどう備えていくかなのではないかと感じました。今まで数百万年かかるとされていた暗号解読を数時間でできるようになれば、たとえ量子エラーがあるとして何度も計算を繰り返すことができてしまうというリスクは無視できなくなるのではないでしょうか。現在の暗号化アルゴリズムの崩壊は、量子コンピュータが”完成”するまでに起こりえることの1つとして十分に考えられると思いました。
今研究開発では量子コンピュータの金融分野への応用をテーマとしていますが、量子暗号化もテーマとして取り扱っても良いのではないかと思いました。

展示されていた量子コンピュータのモック

↑展示されていた量子コンピュータのモック 

3)参加レセプションパーティ

    ① IBM Z Reception

    IBMが開発・販売するメインフレーム「IBM Z」に関する講演に招待された方のみが参加できるレセプションパーティです。世界各国からメインフレームに関係する方々が招待され、アメリカや韓国などの金融業界の方々が参加していました。

    ② Japan Networking Reception

    IBM Japanが主催する、日本企業のみが参加可能なレセプションパーティです。参加企業は多岐にわたり、IT関連会社はもちろん、金融、自動車、航空関連の企業の方々も参加していました。

    ③ Blue Block Party

    THINKの最後を飾るイベントです。THINKに参加している方であれば誰でも参加でき、数千人規模の野外レセプションとなりました。バンドの生演奏やパターゴルフといったアクティビティもあり、多様な楽しみ方ができるレセプションでした。

Blue Block Partyの様子

↑Blue Block Partyの様子 

感想/まとめ

IBM THINK 2024というグローバルイベントに参加できたことは非常に貴重な経験となったと思います。イベント自体はAIがメインのものだったので、今アメリカではAIに関してどういった熱量でどのような製品に力を入れているのかというのを目で見て肌で感じられたことは良かったです。また自分が量子コンピュータの研究開発に参加しているという縁で、このTHINKというイベントに参加させていただくことになったので、量子コンピュータのリーディングカンパニーであるIBMの講演を見ることができたのは大変有意義な経験でした。実際にIBMの人と量子コンピュータに関してのお話とかもできたので、今後の研究開発で少しでも役立たせられることがあればと思います。

またアメリカという異国の地で日本とは異なるカルチャーに触れられたことも貴重な経験でした。イベント自体がそもそも大規模で集まっている人の数もすごかったですが、その規模感でも参加している人たち全員に楽しんでもらうというIBMのホスピタリティに圧倒されました。大きなステージ、おいしい食事やお酒、にぎやかな音楽など様々な形で人を楽しませようとするエンターテインメントの精神というのは、アメリカのカルチャーとしてIBMという会社にも根付いているように感じました。

このような機会があれば何度でも参加したいと思えるような素晴らしい体験をさせていただきました。

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